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思いやりは、お金に勝る信用。銀座、「三愛」開店秘話



こんにちは、木村耕一です。


昭和20年、東京は戦争で焼け野原になりました。

戦前から、東京の中心といえば銀座4丁目。

ここに、復興のシンボルとして、新たな店を出そうと計画した市村清は、土地の買収に苦労していました。

それは、お金では解決しない問題だったからです。


まず、目抜き通りの一角に65坪の土地を購入しましたが、これだけでは狭すぎます。隣接する佐野屋の土地が、ぜひ欲しかったのです。


佐野屋は江戸時代から続いている足袋の専門店でした。

市村が、何度通っても、店を守っている老婦人は、

「先祖代々、受け継いできた土地を手放す気持ちはありません」

と言って断り続けていました。


東京に大雪が降った日、市村は、

「悪天候の中をおして頼みに行けば、自分の熱意が伝わるかもしれない」

と考え、老婦人の家を訪ねました。

ところが、玄関払いです。

顔も見せてくれません。

取次ぎの人から、

「土地は、絶対に譲らないと言っております。お引き取りください」

と言われ、がっくりして帰ってきたのでした。


しかし老婦人は、会いもせずに追い返したことが、心に引っかかっていました。

「今度は、私のほうから出かけて、正式にお断りしよう」

そう思いたって、翌日、市村の会社へ出かけていったのです。

あいにく、その日も雪でした。

交通機関も混乱し、タクシーも使えません。

泥水をかけられたり、足をすべらせたりして、散々な目に遭いながら、ようやく市村の会社にたどり着きました。


すると、受付の事務員が明るい声で迎えてくれました。

「いらっしゃいませ。こんな雪の中、よくおいでくださいました。外は寒かったでしょう。雪道で、転んだりされることはありませんでしたか」


しかも、優しく衣服の雪をはらってくれます。

老婦人は、履物が汚れていたので、玄関で脱いで、冷たいコンクリートの床の上に立ちました。

すると、女性の事務員が、自分のスリッパを脱いで、

「足が冷たくありませんか。申し訳ありませんが、私のでよかったら、お履きになってください」

と言って勧めてくれたのです。

スリッパには、温かさが残っています。その自然な心遣いに、老婦人の心も、次第に温かくなっていったのです。


社長室へ入っていくと、誰よりも市村が驚きました。

「わざわざお越しくださり、申し訳ありません」


「いいえ、市村さん、昨日は、私のほうこそ失礼いたしました。実は、今日は、きっぱりお断りするつもりで出てきたのです。どれだけお金を積まれても、譲らないと決めておりました。ところが、たった今、気が変わりました」


「えっ、それは、どういうことですか」


「お宅の事務員さんのご親切に、私はすっかり感じ入りました。社員を、このように育てておられるあなたを、信用する気になったのです。あの土地は、お譲りしましょう。お金はいりません。ただで結構です」


この言葉に、市村も感激で胸がいっぱいになってしまいました。

市村としても、こんな一等地を、ただでもらうことはできません。相応の金額を払うことにして、用地の確保は決着したのでした。


こうして、昭和21年8月、銀座通りに「三愛」が開店しました。

廃墟となった銀座に建った最初の2階建てでした。


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